須坂市の歴史年表 昭和10年代
昭和10年(1935年)
月日 | 市 | 県 | 国 |
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2月18日 | 貴族院で美濃部達吉の天皇機関説が攻撃される。 | ||
3月10日 | 陸軍記念日を期して、須坂小学校高等科児童が仁礼地域で野外演習を実施する。 | ||
4月10日 | 郡下消防組の大巡検を須坂町営運動場で実施する(16組4,118名)。 | ||
4月 | 町営屠殺場を屋部地籍に新築する(工費6,200円)。 | ||
5月10日 | 岩崎長思の『堀直虎公伝』が出版される。 | ||
10月1日 | 青年学校令が実施される。 | ||
12月8日 | 愛国婦人会須坂町分会が発足する。 | ||
12月 | 須坂町の人口18,623人、戸数3,583戸となる。 |
昭和11年(1936年)
月日 | 市 | 県 | 国 |
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2月20日 | 田中邦治が衆議院議員に当選する。 | ||
2月26日 | 皇道派青年将校が下士官・兵を率いてクーデターを企てる(2・26事件)。 | ||
4月28日 | 「高甫小唄」ができる。 | ||
5月 | 西大滝ダムの完成により、千曲川の鮭漁が大打撃をうける。 | ||
7月25日 | 上高井教育会が上高井郷土叢書の第一集として、丸山辰政『三峯紀聞』を刊行する。 | ||
9月 | 信濃海外協会須坂支部が設立される。 | ||
12月1日 | 須坂町が日滝村を合併する。 | ||
12月 |
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県下各地で国民精神作興講習会が開かれる。 |
昭和12年(1937年)
月日 | 市 | 県 | 国 |
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3月29日 | 国民精神総動員須坂町実行委員会が設立される。 | ||
5月9日 | 国防婦人会須坂町分会が発会する。 | ||
7月7日 | 日中戦争が始まる。 | ||
8月 | 各町村で防空演習が始まる。 | ||
11月2日 | 国民精神総動員の趣旨徹底のため、町では区ごとの協議会を始める(~26日)。 | ||
11月11日 | 小串鉱山に大山崩れがあり、死者300人余を出す。 |
昭和13年(1938年)
月日 | 市 | 県 | 国 |
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1月25日 | 満蒙開拓青少年義勇軍の募集が、各町村で開始される(3月22日出発)。 | ||
2月10日 | 河東4カ村耕地整理組合が発足する(後の河東土地改良区)。 | ||
2月20日 | 須坂町第1回英霊町葬が実施される(各村でも始まる)。 | ||
3月 | 町田惣一郎らが大日本農民組合県連を結成する。 | ||
4月1日 | 国家総動員法が公布される。 | ||
5月1日 | 高甫村上八町に大火があり、全焼13戸 半焼10戸におよぶ | ||
5月 | 国民精神総動員長野県実行委員会が組織される。 | ||
6月8日 | 第8次満州移民先遣隊として、須坂町より2名が参加する。 | ||
6月9日 | 勤労動員が始まる。 | ||
6月15日 | 須坂町農会が第1回てんとう虫捕獲買い上げを実施する(町内4校で104万匹)。 | ||
8月20日 | 須坂りんご出荷組合が設立される。 | ||
10月30日 | 上高井蚕業学校生徒10名が、高井村農家に勤労奉仕に行く。 | ||
11月14日 | 須坂町座繰協同組合が設立される。 | ||
12月15日 | 須坂煙草耕作組合が設立される。 | ||
12月 |
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昭和14年(1939年)
月日 | 市 | 県 | 国 |
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4月26日 | 青年学校が義務制となる。 | ||
4月 | 米の配給統制が行われる。 | ||
6月 | 北信煙草耕作組合により松川葉が導入される。 | ||
7月2日 | 上高井教育会館が、旧須坂町役場あとに開設される。 | ||
9月1日 | 興亜奉公日の第1回目が実施される(毎月1日に実施)。 | ||
9月 | 私立須坂図書館が町に移管され、町立須坂図書館となる。 | ||
9月18日 | 物価統制令がだされる。以後ヤミ価格が横行する。 | ||
11月17日 | 部落常会・町内常会を開設するための郡下町村指導者講習会が須坂町公会堂で開かれる。 |
昭和15年(1940年)
月日 | 市 | 県 | 国 |
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4月 | 上高井蚕業学校が上高井農学校と改称し、養蚕科と農学科をおく。 |
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6月24日 | 原嘉道が枢密院議長となる。 | ||
8月 | 応急製糸設備制限施設規定が定められ、生産制限が強化される。 | ||
9月27日 | 日独伊三国軍事同盟が結ばれる。 | ||
9月 | 大日本農民組合が解散させられる。 | ||
10月12日 | 大政翼賛会が発会式を行う(全政党の解散後に)。 | ||
10月31日 | 新聞雑誌の整理・統合にともない、『須坂町報』が廃刊となる(昭和21年に再刊) | ||
11月10日 | 紀元2600年式典が挙行される。 | ||
11月12日 | 国民服令が制定される。 | ||
12月5日 | 大政翼賛会須坂支部が田中邦治(支部長)らにより設立される。 | ||
12月27日 | 蚕種協同組合高水社が設立される。 | ||
12月 |
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昭和16年(1941年)
月日 | 市 | 県 | 国 |
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1月17日 | 須坂町翼賛壮年団が結成される。 | ||
3月30日 | 大政翼賛会の上高井郡協力会議が開かれ、具体的実践の方策が協議される(~31日)。 | ||
3月 | 蚕糸業統制法が公布される。 | ||
4月1日 | 小学校が国民学校となり、須坂小学校の部制が廃止される 各部校(常盤・小山・森上・日滝)は独立校となる。 | ||
4月13日 | 日ソ中立条約を結ぶ | ||
5月10日 | 須坂町青少年団が結成される。 | ||
7月3日 | 米穀配給所を町内20ヵ所に設置する。 | ||
8月25日 | 八木貞助『上高井郡地質誌』が刊行される。 | ||
8月30日 | 金属回収令が公布される。 | ||
10月18日 | 陸軍の東条英機が内閣を組織する。 | ||
12月8日 | 米軍に宣戦布告し、太平洋戦争が始まる。 | ||
12月 | 満州に上高井郷建設のため 先遣隊が出発する。 |
昭和17年(1942年)
月日 | 市 | 県 | 国 |
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1月15日 | 日本軍がシンガポールを占領する。 | ||
2月1日 | 衣料点数切符制が実施される。 | ||
2月25日 | 満州上高井郷の入植式を現地にて実施する(団長永井正雄ら47名)。 | ||
4月1日 | 上高井農学校が県立となる。 | ||
4月17日 | 富士通信機製造株式会社が片倉製糸紡績須坂工場を買収して、操業を開始する。 | ||
5月 | 企業整備令により町内製糸工場が縮小・整備される(この年の製糸工場数は11となる)。 | ||
6月1日 | 須坂町ほか6カ村伝染病院組合が設置される。 | ||
6月5日 | 日本がミッドウェー海戦で敗れる。 | ||
7月1日 | 上高井地方事務所が開設される。 | ||
7月24日 | 新聞が1県1紙に制限される。 | ||
10月24日 | 長野県立教員保養所が須坂町小山に創設される。 |
昭和18年(1943年)
月日 | 市 | 県 | 国 |
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3月10日 | 町翼賛会壮年団が「撃ちして止まん」敵愾心昂揚国民総武装訓練を竹槍準備のもとに町営運動場で行う | ||
9月3日 | 勤労報国隊上高井分隊17人が横浜市の古河電気工業K.Kの勤労奉仕に出発する。 | ||
10月 | 企業合同により須坂鉄工所が誕生する。 | ||
12月1日 | 第1回学徒兵が入隊する(学徒出陣の始まり)。 | ||
12月21日 | 米英等曲約1,000曲の演奏を禁止する。 | ||
12月24日 | 徴兵年齢を1年引き下げ、19歳で兵役に編入する。 | ||
12月 |
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昭和19年(1944年)
月日 | 市 | 県 | 国 |
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1月13日 | 町内の消防用の鉄製警鐘楼(火のみやぐら)が回収される。 | ||
2月 | 飛行機献納運動が実施され、須坂町割当額10万8000円とされる。 | ||
7月7日 | サイパン島の日本軍が全滅する。 | ||
8月1日 | 砂糖の家庭用配給を停止する。 | ||
8月 | 秋田工場が規模をひろげて、須坂航空機株式会社となる。 | ||
9月1日 | 郡内各町村に東京都から疎開児童がやってくる(町内200名)。 | ||
9月 | 須坂中学校5年生が、航空機部品製造のため 名古屋市の矢島工場に動員される。 | ||
10月15日 | 高井鉱山の索道が開通する。 | ||
10月19日 | 神風特別攻撃隊が編成される。 | ||
11月1日 | 須坂保健所が開設される。 | ||
11月 | 須坂商業学校に工業学校が併設される。 |
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更新日:2024年03月26日