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移住者の声・市民の声

峰の原高原あすなろペンションポケット02

No47 峰の原高原あすなろペンションポケット湯沢純生さん / 先輩移住者に聞くVol.4「須坂市峰の原高原ペンションオーナー」

みなさんこんにちは。このコーナーでは須坂市に移住した先輩移住者にインタビューをして、須坂の暮らしはどういうものか、須坂のいいところ、苦労しているところを聞いていくコーナーです。今回は須坂市峰の原高原地区のあすなろペンションポケットの湯沢純生さんにインタビューしました。
◆夫婦2人、1976年12月に東京都から移住


●ペンションオーナーになったきっかけ
山が好きで学生時代は山登りが趣味だったこともあり、何か山にまつわる仕事がしたいと考えていました。脱サラし、当時あまり知られていなかったペンションに目をつけました。実際自分のペンションは全国で140番目くらいにできました。またペンション開発会社も一件しかなく、自分も23、4歳でペンションという言葉を知りました。最初は山小屋をしたかったのですが奥さんに反対されてしまい考えた結果、ペンションは山小屋とミニホテルと民宿を足して3で割ったものが良いなと思いました。何より簡単にはじめられたので「これならできる」と思ったのがきっかけです。

峰の原高原あすなろペンションポケット 本文画像01

●なぜ峰の原高原なのか
最初は好きな白馬が良かったのですが、お金が倍以上かかるといわれ断念しました。次に山形県の蔵王でペンション村の開発がされていたのでそちらにしようと決めました。ところが、ペンションを建てる直前に地元の議会から開発について反対され、ペンションを建てることができなくなってしまいました。そして慌てて峰の原高原を知り、3回下見をしたところ、3回とも北アルプスの絶景を見ることができました。こんな絶景が見られるならここにしようと決めたわけです。ちなみに今のペンションも北アルプスや根子岳が見られるように設計しました。

●須坂・峰の原高原で生活して良かったこと、苦労したこと
住み始めて40年が経ちいろいろなことがありました。苦労したのは経済面で、すべて借金でペンションを建てたので返済していくのが大変でした。また、最初のうちは地元の人との付き合いも大変でした。商店の人にも冷たくされたり、子どもたちの学校生活も大変だったようです。
 逆に、良かった点は、峰の原高原に住んで、2人の子どもを自然の中で育て上げられたことです。高校時代は菅平から上田までバス通学をしていたので、最終バスに乗るには(その時代最終バスは19時半)最後まで部活に参加することができなかったり、途中で寄り道もできなかったり大変な思いをさせてしまいました。そんな思いをさせたにもかかわらず、今でも家に帰ってきてはここがいいと言ってくれます。それが良かった点です。峰の原高原に来てはじめたテニスが上手になったことも良かったと思います。

峰の原高原あすなろペンションポケット 本文画像 03

●須坂市・地域おこし協力隊への提案
 高齢化しているので、昔と同じクオリティを保つことができません。なので、地域の若返りのために何かしないといけないかなと感じています。今の時代、ペンション経営は難しくなっています。この地域でできる事業の選択肢をもっと増やしてほしいです。

●移住を希望する方へ
標高1500mの場所で高地トレーニングをするような場所なので丈夫な人はもっと丈夫になります。それと小さい子どもがいるご家庭にはおすすめです。なぜなら、子育てについては都会的な教育環境に比べると天国のような場所だからです。ただし、子どもがある程度育ってしまい都会の便利さになれてしまった場合は、不便な場所ですので大変かもしれません。よってペンションを経営するならば小さいお子さんがいたり、これから子育てをしたい人には最高です。また、ドライブが好きな人は山を下りて市街地へ買い物に出かけるだけでも楽しめるのでおすすめです。


須坂市地域おこし協力隊 斉藤祐哉


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