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着物イメージ01 着物イメージ02 クラシック美術館内

人々の暮らしから生まれた美 / 須坂クラシック美術館/学芸員の外谷育美さん

~人々の暮らしから生まれた美~

須坂には須坂クラシック美術館があります。クラシック美術館の建物は蔵の町を代表する建物の一つです。日本画家の岡信孝氏より、古民芸や着物を中心とした着物のコレクション約2000点の寄贈を受け、展示を行っています。
特に力を入れているのは、大正から昭和にかけての女性の普段着として、また、お洒落着として日本全国に普及した『銘仙』と呼ばれている着物です。学芸員の外谷育美さんにクラシック美術館に展示されている『銘仙』の魅力についてお聞きしました。


●古民家にふさわしい着物を

「クラシック美術館の建物は明治初期、呉服商であり、製糸業、銀行業を営んだ牧新七氏が建てられた、築約140年の大規模な町屋建築のひとつです。明治時代から現在まで時代の大きな変化の中で歴史を刻んだ建物で、『人々の暮らしから生まれた美』をテーマにした展示を行っています。
 岡先生は、自分が収集した古民芸コレクションを須坂クラシック美術館の収蔵品として寄付しましたが、さらに『生糸の町にふさわしいものを』との要望を受け、大正から昭和にかけての女性の普段着として、また、お洒落着として日本全国に普及した『銘仙』という絹織物も100点寄付していただきました」

●大正から昭和の女性の普段着の美しさの象徴である「銘仙」

「そもそも絹で作られた着物は特権階級だけのもので、庶民は木綿や麻を着ていました。明治期以後、輸出用として盛んに生産された均等な絹の副産物であるくず繭、くず糸などを使い、銘仙が作られるようになりました。銘仙は、大量生産され明治期から昭和初期にかけて女性の普段着として定着しました。当時、海外の文化を取り入れた近代的な「モダン」文化が広がった影響を受け、今見ても斬新なデザインやド派手でびっくりするようなデザインもあります。大正~昭和は、近代化の華やかさと、戦争や貧しさを駆け抜けた激動の時代です。その時代に生きていた女性にとって、おしゃれな銘仙の着物を楽しむことは生きるエネルギーだったことでしょう。
 当時の人々のエネルギーあふれる銘仙をクラシック美術館でご覧いただきたいと思います」

●日常のささややかな美しさ

「クラシック美術館の寄稿文に岡先生は次のように書かれています。
『生活の中で普段たくさん使われているものは、時代が移る一番先に捨てられてしまうものだ。私はその中に美をもとめてきた。名品、献上品のような高価なものは無いかもしれないが、庶民のよろこびと、悲しみに包まれた品によって、あたらしい美の発見のある事を願って』
岡先生の美とは難しいことではなく、ちょっとした日常の楽しみに置き換えられると思います。例えば、綺麗なお花を飾ったら楽しい。綺麗なお皿で料理を盛り付けたら楽しいなど。日頃、忙しい中で忘れ去られそうな日常の美しさをクラシック美術館で発見していただけたら幸いです」

●四季を感じられる展示

「季節ごとに着物の展示は変えています。春にはその時期ごとのお花模様。夏には透き通るような布地に、涼しげな模様。秋には紅葉や菊の模様。冬には、お正月に合わせて、華やかな着物などです。着物のもつ季節感と合わせた展示をしています。四季によって展示を変える理由は、着物を通して季節を楽しむ当時の人の豊かな感受性を見てもらいたいからです」 

 
 当時の女性は鮮やかな銘仙をどんな気持ちで着てどんな所に出かけていたのでしょうか。想いを馳せると楽しい気持ちになりました。日常のちょっとした美しさをクラシック美術館で発見しました。
 クラシック美術館の大正、昭和の時代の歴史を刻んだ建物の空間は、昔の暮らしが感じられ心落ち着く空間です。ご興味のある方は、ぜひにお出かけください。
 外谷さん、インタビューご協力いただきありがとうございました。

地域おこし協力隊 和田

須坂クラシック美術館
http://www.culture-suzaka.or.jp/classic/


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このページに関するお問い合わせ先
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TEL:026-248-9017
FAX:026-246-0750
所在地:長野県須坂市大字須坂1528番地の1