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高甫地域文化財史跡 又右エ門堰

113番 又右エ門堰

又右エ門堰写真

明治24年、野辺村村石区、野辺区と亀倉区「差出申水利土切証」の契約により亀倉184番地先から米子川に放流していた余分な捨て水を新水路により村石へ(6~8月を除き)流した。これにより村石・野辺で真水を使うことが可能となった。水路は神社の境内を通っている。 その後、昭和24年には、亀倉北原の末端から庚申まで新たに水路を設け、村石、野辺、米持へと真水が流れた。

(参考 以下「村石町区誌 466~467ページ 」から引用)
なお、高甫村誌は人物編山岸又右エ門の項で年代不詳のまま、又右エ門が亀倉村と交渉し、自費で水路の土地を借用して引水した(又右エ門堰)と記しているが、又右エ門は人民総代の一人であり、当時はかなり広大な土地所有者であったというから、この共同溝渠新設の発意や交渉や計画作成・工事の実施などで、指導性を発揮して活躍したのではないかと思われるので、村誌の記述については少々の疑問が生ずるのである。

 
(最終更新日:2018-09-26)

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