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市長のコラム バックナンバー

◆聖徳太子没後1400年大祭・須坂市太子町「太子堂」修繕事業完成祝賀会

発行日時:2021 年 05 月 06 日 17 時 03 分

4月29日(昭和の日)、須坂市太子町の太子堂で、聖徳太子没後1400年御遠忌(ごおんき)および太子堂修繕事業完成祝賀会が開催されました。
 
太子町聖徳太子奉賛会(中村道夫会長)をはじめ太子町の方々は、市が管理を委託している須坂市指定有形文化財の太子堂を太子町のシンボルとして大切に管理していただいています。
現在の本堂は、天保4年(1833年)に再建され、ご本尊は明治14年(1881年)に戸隠からお迎えしました。

私は、太子町聖徳太子奉賛会から発行されている「聖徳太子 17条憲法」を市長室に掲げ、時折見ては我が身を省みています。さらにご本尊の写真を仏壇の隣に並べ、毎朝手を合わせています。(安全祈願祭などで手を合わせる機会が多いですが、コロナ禍のために手を合わせる思いがより強くなります。)
太子町および聖徳太子奉賛会からは、太子堂大屋根補修・塗装工事という大事業について、「委託管理の立場から、全面的に太子町区として改修に協力して参ります」と、自らも費用などの負担をされる旨の要望書を2019年に頂戴しました。
とかく「求める」ことの多い中、敬意と感謝を感じました。

さらに、聖徳太子奉賛会では、修繕にあたり様々な面から検討をされるとともに、愛着と維持管理費の捻出のため、ロゴ、マグボトル、トートバッグ等を販売されるとのことでした。
日本の紙幣で、戦前・戦後の両方にデザインされているのは聖徳太子のみです。

--以下は日本銀国のホームページからの引用--
聖徳太子像がこれだけ多くの日本銀行券に採用された理由は何でしょう?
それは、(1)「十七条の憲法」を制定したり、仏教を保護したり、中国との国交回復や遣隋使の派遣により大陸文化を採り入れるなど、内外に数多くの業績を残したため、国民から敬愛され知名度も高いこと、(2)歴史上の事実を実証したり、肖像を描くためのしっかりした材料があること、が大きな理由のようです。
なお、GHQ(連合国最高司令部)は1946年(昭和21年)、かつて日本政府が決定した「肖像に相応しい人物」について、「聖徳太子以外は、軍国主義的な色
彩が強いため、肖像として使用することを認めない」としました。
この時、聖徳太子についても議論があったようですが、当時の一萬田尚登(いちまだひさと)日銀総裁はGHQに対し、「聖徳太子は『和を以って貴しとなす
』と述べるなど、軍国主義者どころか平和主義者の代表である」と主張して、その存続についてGHQを押し切ったと言われています。
--引用おわり--

日本銀行 お金の話あれこれ(3) お札に登場した人物、動物
須坂市太子堂
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