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歴史文化講演会Ⅱ 「織豊大名 堀氏の勇躍」のお知らせ

チラシ表面チラシ裏面幕末まで14代続いた須坂藩堀氏のルーツをたどってみる講演会です。

堀直虎没後150年記念事業
歴史文化講演会Ⅱ
生涯学習推進センター「須坂市民総合大学」公開必修講座

ー堀氏のルーツはここからはじまるー
●講 師   長野県立歴史館専門主事 史学博士  村石 正行さん
●演 題  「織豊大名 堀氏の勇躍(しょくほうだいみょう ほりしのゆうやく)」


●日時 平成29年11月11日(土) 午後2時から午後4時(予定)
●会場 須坂市シルキーホール(3階 第1ホール)
    ※お車は、長電須坂駅前パーキングをご利用ください。駐車券を会場
     までお持ちください。無料駐車券がでます。

須坂藩堀氏の旧姓は奥田氏ですが、そのルーツは室町幕府管領家斯波(しば)氏
につながります。奥田氏は尾張国出身で守護代織田氏とともに活躍した斯波氏
の一族でした。
その後戦国時代になり堀秀政といとこ奥田直政の活躍で、堀氏は織田信長の
近臣として大出世。直政は堀姓をもらい堀家の家老となります。
豊臣秀吉の時代、堀秀政・秀治一族が45万石の大名となりました。堀直政
も若き秀治を補佐し、関ヶ原合戦では、太閤秀吉に属すべきと言う意見を
退け、徳川家康方についたことで堀家の面目を保ちました。
直政は嫡子直寄だけでなく、後に初代須坂藩主となる三男直重の所領獲得
に奔走し、須坂藩立藩ヘとつながっていくのです。

●織田信長・豊臣秀吉に仕え名人久太郎と呼ばれた武将 堀秀政(藩主)
           ⇕(いとこ同士)

●秀政の家老として天下の三陪臣と語られた 堀直政(家老)

■織豊大名(しょくほうだいみょう)
織田政権、豊臣政権の下で大名に出世した戦国
武将や、所領を安堵された戦国大名のこと。
■名人久太郎(めいじんひさたろう)
信長の小姓に取り立てられた堀秀政は、戦上手で、家
臣や領民に対しての対応も非常に上手く、何をやら
せてもそつなくこなす万能人として『名人久太郎』と
世間から呼ばれた。
■天下の三陪臣(てんかのさんばいしん)
堀直政は、堀秀政とその息子秀治の二代に仕えて、豊臣秀
吉から名将『天下の三陪臣』の一人として、毛利家の小早
川隆景、上杉家の直江兼続と並び称されて名を上げた。

●主 催 須坂市・須坂市教育委員会

●その他
本講演会は、長野県「地域発 元気づくり支援金」を活用して行う事業
です。募集したボランティアスタッフが、講演会のポスター・チラシの
デザイン作成、広報活動(市内外施設等へのポスター掲示依頼、チラシ
掲出依頼ほか)、開催日当日の会場設営・片付け・来場者受付・駐車場
整理・司会進行などを行います。

(最終更新日:2017-11-02)

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このページに関するお問い合わせ先

市民共創部 生涯学習スポーツ課 博物館
TEL:026-245-0407
FAX:026-214-5548
所在地:須坂市臥竜2丁目4番1号